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見るな

雑多

キモい文章4

こんなところに物を書いて何になるんだろう 承認欲求が少しでも絡んでいる時点で 欲求にまみれている時点で 論理が保たれるわけがない

備忘録1:PuTTYとWinSCP

・備忘録開始。記憶があるうちは箇条書き、近いうちに記事の形式に。

・研究室のサーバを使えることになった

・(以下はWindowsの場合。)

SSH...サーバの認証など、暗号や認証の技術による通信のためのプロトコル

参考

インフラエンジニアじゃなくても押さえておきたいSSHの基礎知識 on Qiita http://qiita.com/tag1216/items/5d06bad7468f731f590e

今回は公開鍵認証方式(public keyとprivate key)。サーバー側である研究室のひとにpublic keyを渡してクライアントであるおれがprivate keyで入る。

・公開鍵認証方式のSSH接続のためのソフトPuTTYを導入。

・鍵をつくる...puttygen.exeでつくる。どちらもちょう長い文字列なので、テキストファイル形式。保存する。public keyの拡張子はpub、private keyの拡張子はppk。

・鍵を作ったらpublic keyとユーザー名をサーバーに登録してもらってputty.exeでホスト名など種々の設定をして入る。ほとんど初期設定のままだったはず。

・入ろうとしたら問題が起きて先輩方が解決してくれたけどよくわかっていない。keyがlockされてる(LK)とかなんとか。

・入れた。ここからlsコマンドやらでhtmlのアップロードとかしたけどめんどいのでWinSCPを導入。

・作ったファイルを右クリック→編集→設定でエディタを設定できる。一番上に持ってきたエディタが規定になる。

・index.htmlはURL指定におけるホスト名までの指定でデフォルトで開くhtmlになる。ファイル階層による開き方がよくわかってないので試す。

・自分がhtmlしかWebで動くものが作れないことがわかったので、さっさと研究室のゼミでやるらしいPHPをやる。(Javaサーブレットは時代が過ぎていったのでやらない)

 

キモい文章3

会話したことない。普段やっているのは趣味や主張、普段やっているくだらない思考の押し付けだ。プログラミングしたことない。普段やっているのは自分の欲求を満たすことしか考えない汚いコードを書いて独りで気持ちよくなってるだけのプログラミングオナニーだ。作曲やったことない。普段やっているのは頭の中でぐるぐるしてる他人の曲のコンポーネントDAWにぐちゃぐちゃに盛りつけただけの自己満足Remixだ。

最近思考が全部こうだ。そしてこんな風にしっくり来そうな表現で自分がものの本質に触れていないらしいことを意識するとそこから逃れられなくなってきた。そうすると今まで色々やってきたと思っていたのが何も経験してないことになる。

ここから脱却するには、この思考をやめればいいのと、ものの本質に触れていそうな人ともっと同じ物理空間に居たり、話したりすればいい。やるしかない。

ついでに、ものの本質に触れてみて興味がないことが分かってしまったらそれはやめてしまっていい。そこで苦戦するのは時間の無駄。

キモい文章2

外れた「ね」キーに慣れるためにもキモい文章を書く。前回と真逆のことを書くよう気もするけど、慎重になる必要性は感知しないといけない。感知するだけでいい。無意識にできるくらいがいい。慎重になる必要性は熟考するものではないので、前回の内容とある程度つながると思う。取り敢えず粗いところからやってみるのが基本なんだけど、慎重になる必要性を感知したときには慎重にならなければならない 「感知」はちょっと頭悪いかもしれないけど、無意識にできる、というニュアンスを表す単語がほかに思いつかなかった。

ちなみに、冒頭にちょっと書いたけど今日おれはノートPCの「ね」キーを外した後にパンタグラフを破壊してしまった。何故そんなことになるんだよ、というと、「ね」キーにゴミが挟まっていたのか若干反応が悪かったので、かなり軽いノリで「キーボードの掃除くらい経験しておくか~」とか言って適当に調べて適当に掃除したら戻すのがかなり大変で、無理して戻していたら破壊してしまった。ここで問題なのは「戻せなくなってしまう可能性について慎重になる必要性を感知できなかったこと」だ。できたらもっと入念に調べてる。

これが感知できるようになるためには経験則が必要で、そのためには動きまくるしかない。自分の中で「経験則をひたすら一般化、文章化したものがあれば大丈夫では」という考えがあったことがあったけど、適切なタイミングで想起するには量が膨大すぎる。勿論経験則を意識する補助にはなるけど、基本は動きまくった中で獲得した経験則を定着させていくことだ 動きまくるためには自由に動ける人間になることが必要で、バイトもAmazonもクレジットカードも研究室も、もっと一人前に使いこなせる必要がある。全部動きまくるための道具でしかない

 

キモい文章1

昔は流行りが大嫌いで、小さい頃から流行りからどう冷静っぽい立場で外れられるかを考えてた これが最大の失敗だった そんなに小さいうちから流行りを冷静に、論理的に見て外れるなんてことは絶対できるわけがないのに 自分の頭の良さなんてある程度学年でレベリングされて然るべきなのに それに周囲が頭が悪いうちは頭が悪くいられるのに

頭が悪くいられる場はとても重要だ。物事は全部頭の悪い、粗いところから始めて、だんだん頭のいい領域に少しずつ、本当に少しずつ踏み入れていくのが良いに決まっている つまりは頭が悪くいられる場にいるうちに色々な物事の頭の悪い、粗い部分を馬鹿みたいにやっていればよかったんだ

会話が代表的、かつ致命的な例だ 少しの失敗、さらには被害妄想で思い悩むことによって頭の悪い、粗い会話をするのも、それを少しずつ頭良くしていくのもすべて無にしてしまった 具体的には中3~高1の間 本当に被害妄想が激しかった 

個人でやることに頭が悪くなるのはまだできる(ただこれも年齢が邪魔してなかなかできない)けど、会話を頭悪く粗く、なんてことはもう今からなんて出来やしない つまりは終わり