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見るな

雑多

キモい文章2

外れた「ね」キーに慣れるためにもキモい文章を書く。前回と真逆のことを書くよう気もするけど、慎重になる必要性は感知しないといけない。感知するだけでいい。無意識にできるくらいがいい。慎重になる必要性は熟考するものではないので、前回の内容とある程度つながると思う。取り敢えず粗いところからやってみるのが基本なんだけど、慎重になる必要性を感知したときには慎重にならなければならない 「感知」はちょっと頭悪いかもしれないけど、無意識にできる、というニュアンスを表す単語がほかに思いつかなかった。

ちなみに、冒頭にちょっと書いたけど今日おれはノートPCの「ね」キーを外した後にパンタグラフを破壊してしまった。何故そんなことになるんだよ、というと、「ね」キーにゴミが挟まっていたのか若干反応が悪かったので、かなり軽いノリで「キーボードの掃除くらい経験しておくか~」とか言って適当に調べて適当に掃除したら戻すのがかなり大変で、無理して戻していたら破壊してしまった。ここで問題なのは「戻せなくなってしまう可能性について慎重になる必要性を感知できなかったこと」だ。できたらもっと入念に調べてる。

これが感知できるようになるためには経験則が必要で、そのためには動きまくるしかない。自分の中で「経験則をひたすら一般化、文章化したものがあれば大丈夫では」という考えがあったことがあったけど、適切なタイミングで想起するには量が膨大すぎる。勿論経験則を意識する補助にはなるけど、基本は動きまくった中で獲得した経験則を定着させていくことだ 動きまくるためには自由に動ける人間になることが必要で、バイトもAmazonもクレジットカードも研究室も、もっと一人前に使いこなせる必要がある。全部動きまくるための道具でしかない