見るな

雑多

キモい文章4

僕は講義中に騒ぐ人たちをひたすら自分の頭の中で非難し続けてきたけどそれには何の意味もないことがわかった。どうにかして当人たちに伝えない限りそれはオナニーでしかない。でも講義を止める訳にもいかない。大学の講義の肝は進行することなので、それを止めるのは美学に反するのでだめ。勿論先生側がそれをやってくれれば楽なのだけど、大学の場合の先生側は教育者ではないので期待できない。だからもう講義中に騒ぐ人間を排斥する空気にしか意味がない。

あと当人たちに伝わったところで改善されない可能性が出てきた。「講義中にうるさい」というのは最早体質だからだ。僕がどう頑張ってもオタクの雰囲気を消すことができないのと全く同じレベルだし、僕が状況に応じた言葉がパッと出てこないのと同じレベルだ。僕は成り行きで講義中に騒がない人になっただけだし、成り行きでオタクの雰囲気を消せない人になっただけだし、成り行きで状況に応じた言葉がパッと出てこない人になっただけだ。成り行きで会話ができるようになった人間に僕がどうしたらいいかは分からないし、僕に成り行きで講義中に騒ぐ人がどうしたらいいかも分からない。でも、それでも人間の共通項から共通の解決策を提示すること、提示された解決策を試すことはやめてはいけないし、寧ろそれにしか意味がない。